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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)545号 判決 1975年10月20日

原告 西山興業株式会社

右代表者代表取締役 西山正行

右訴訟代理人弁護士 深沢勝

同 川村延彦

被告 林秀樹

右訴訟代理人弁護士 小堀満馬

同 小堀樹

同 村田裕

同 石山治義

主文

一  原告と被告間の別紙目録記載の建物の賃貸借契約に基づく賃料の額が、昭和四七年二月四日から同四九年一月三一日まで一か月金一二万円、同年二月一日から同五〇年五月一九日まで一か月金一七万円であることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余の二を被告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告間の別紙目録記載の建物(以下本件建物という)の賃貸借契約に基づく賃料の額は、昭和四七年二月一日から同四九年一月三一日まで一か月金一四万円、同年二月一日から同年五月三一日まで一か月金一八万円、同年六月一日から同五〇年五月一九日まで一か月金二二万円であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三六年一〇月、被告に対し、本件建物を賃料一か月金七万円、期間の定めなく、保証金四五〇万円を受取って賃貸し、同四二年七月、被告との間で右賃料を一か月金八万円に増額することを合意した。

2  右賃料は、同四七年一月に至り、本件建物及びその敷地に対する公租公課の増額、諸物価並びに本件建物及びその敷地価格の高騰、比隣の賃料に比し、不相当に低額となった。

3  原告は被告に対し、同年二月四日到達の書面で、同年二月一日から右賃料を一か月金一四万円に増額する旨の意思表示をした。(以下これを第一次増額分という。)

4  右賃料は、その後再び前記2と同じ事由により不相当に低額となったので、原告は被告に対し、同四九年一月三一日到達の本訴状で、同年二月一日から右賃料を一か月金一八万円に増額する旨の意思表示をした。(以下これを第二次増額分という。)

5  右賃料は、更に不相当に低額となったので、原告は被告に対し、同四九年五月二九日到達の準備書面で、同年六月一日から右賃料を一か月金二二万円に増額する旨の意思表示をした。(以下これを第三次増額分という。)

6  よって、被告に対し、本件建物賃貸借による賃料額が請求の趣旨記載のとおりであることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、3の事実は認める。

2  同2、4の事実は否認する。

本件建物の賃料は次の事情により、不相当に低額であるとはいえない。(1)被告は本件建物を歌声喫茶として使用しているのであるが、本件建物がビルの三階にあるのに、エレベーターを使用できないため、被告の営業上不利益が大きい。(2)被告は、昭和四五年七月一一日、歌声喫茶の営業を再開するにあたり、壁の補修等内装の改良を自己の負担でなし、その後も床の張り替え、排水設備や階段の滑り止め等の補修を施している。(3)本件建物は、老朽化や損傷が著しく、配電設備が不良であり(ヒューズがとぶ。)、外壁が剥落し、ネオンの取付けができない、非常用階段が狭く、二階までしか通じないのでその用をなさない。(4)被告が本件建物を賃借した昭和三六年当時、その借り手はなく、被告は保証金四五〇万円を支払っている。

三  抗弁

原告の被告に対する第三次増額分の請求は、予見しえない急激な事情変化もないのに、前回の請求からわずか四か月後になされたもので、借家法七条の趣旨に反し許されない。

四  抗弁に対する認否

右は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1記載の事実は当事者間に争いがない。よって原告のなした第一次増額分の当否について考えるに、≪証拠省略≫並びに右争いのない事実を総合すると次の諸事実が認められる。

(一)  原告(旧商号銀扇興業株式会社)は、東京都渋谷区宇田川町八〇番一〇の宅地一六九・二二平方メートル地上に本件建物部分を含む鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付六階建の店舗ビルを所有し、これを被告外数名に賃貸していた。被告は原告に対し、本件建物の賃料として契約成立時である昭和三六年一〇月頃から一か月金七万円を支払っていたが(なお原告は、右契約時に被告に対し、保証金四五〇万円を支払った。)、同四二年四月二二日、裁判上の和解により右賃料を同年七月から一か月金八万円に増額する合意をした。

(二)  被告は、右賃貸借契約の当初から、右店舗ビルの三階部分である本件建物内で歌声喫茶を営んでいたが、同四〇年頃から経営不振や右賃料増額についての訴訟問題のためこれを休業していたところ、同四五年七月、右営業を再開するに至った。

(三)  右店舗ビルの所在する近隣地域は「渋谷」の高度商業地域の一郭を占め、相当な繁華街であって、右賃料増額時である昭和四二年七月から本件第一次増額請求のあった同四七年二月までの間に地価が高騰し(地価指数で約一・六倍の上昇である。)、それに伴いこれに対する公租公課(固定資産税及び都市計画税)の負担が増加し、消費者物価指数も二四パーセント強の上昇を示し、更に、近隣の建物の賃料も上昇し、右店舗ビルの被告以外の賃借人は三年毎に約三〇パーセント程度の賃料増額に応じている。

二  右認定事実によって考えるに、本件建物の従前の賃料は、第一次増額請求当時において、次の事情を参酌しても、不相当に低額となったものと認められる。

≪証拠省略≫によると、本件店舗ビルに設置されているエレベーターが三階を通過して同階に停止しないので、それを利用できないことは歌声喫茶営業にとって相当に不利益であること、右店舗ビルは昭和三三年頃建築されたもので、老朽化や損傷を免れず、そのためサッシ窓が腐付いて開かない、外壁が剥落してネオンの取付けができない等の支障があること、右店舗ビルはもとは事務所用ビルに設計されているので、飲食店営業の店子が多くなりそのため電気の使用量が上がり、たびたび停電すること、非常用階段が屋上から二階までしか通じなく、非常用階段としては不充分なことが認められる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかしながら、右認定の事情によって被告の営業収益がどの程度に影響を受けているかは本件証拠上明らかでないので、右の事情は適正賃料額を算定する場合に考慮すれば足りる。

三  そこで、第一次増額分についてその適正賃料額を検討するに、前記認定の地価の高騰・公租公課の増額・消費者物価の上昇・本件店舗ビル内の賃借人の賃料改訂の各割合、前の賃料増額時から五年を経過していること、鑑定人長場信夫の鑑定の結果によると、昭和四七年二月一日現在における本件建物の賃料は一か月金一四万九五〇〇円が適正であると鑑定されていること(しかしながら右鑑定額は、主として本件店舗ビルの敷地及び同建物の時価を基準として算出しているが、右時価はかなり投機的要素の強いものであるから、かなりこれを抑制して基準としなければならない。)、等の諸事情と、前記第二項の事実及び原告が契約時に保証金四五〇円を差入れ、その運用益があること等の諸事情を考慮して、第一次増額分の適正賃料額を月額金一二万円と認定するのが相当である。(なお、被告は本件建物に相当の資本投下をしているから、右を考慮すべきであると主張するが、≪証拠省略≫によれば、被告は本件建物の内装費を相当に支出していることが認められるのみであるから、右を考慮することは相当でない。)

四  したがって、第一次増額の意思表示が被告に到達した日が昭和四七年二月四日であることは当事者間に争いがないから、右増額による適正賃料確定の効果は同日より発生することになる。

五  次に原告の第二次増額分について考えるに、≪証拠省略≫によれば、昭和四七年から昭和四九年までの二年間に地価指数が約一・四倍(公示価格で約二倍)高騰し、それに応じて公租公課が約二倍も増加し、消費者物価指数において約三二パーセントも上昇していること、近隣地域の建物の賃料も右二年間に高騰していることが認められ、右諸事実によれば、第二次増額請求当時において、前記認定の第一次増額分にかかる適正賃料は不相当に低額になったものと認められる。

六  そこで、第二次増額分についての適正賃料額を検討するに、前第五項において認定した諸事情と鑑定人長場信夫の鑑定の結果によると、昭和四九年二月一日現在における本件建物の賃料は一か月金二二万四二五〇円が適正であると鑑定されていること(しかし右鑑定額は、前述のとおりかなり投機性の強い時価を基準としており、≪証拠省略≫によって認められる地価の公示額と比較して、昭和四九年においては地価公示額が時価実勢額にかなり近い価額に修正された顕著な事実を考慮すると、約二倍にも評価されているので、同鑑定中の地価についてはこれを抑制したものを基準とするべきである。)と前第三項において考慮した消極的要因を併せしんしゃくすると、第二次増額分の適正賃料額を月額金一七万円と認定するのが相当である。

七  原告が本訴状をもってした第二次増額の意思表示は、右訴状が昭和四九年一月三一日被告に送達されて到達したことは本件記録によって明らかであるから、その請求にかかる同年二月一日から右増額による適正賃料が確定することになる。

八  更に原告の第三次増額分について考えるに、原告が被告に対し、昭和四九年五月二九日付準備書面で、同年六月一日から本件建物の賃料を一か月金二二万円に増額する旨の意思表示をなし、同書面が右五月二九日被告に送達されたことは本件記録上明らかである。

ところで、借家法第七条に基づく賃料増額請求は、従前の賃料確定後の事情変更を理由とするものであるから、右確定後相当の期間を経過することを要し、それ以前はその間に急激な事情変更が生じたというような特段の事情のない限り、これをなすことができないものと解される。その相当の期間がどれだけかは各場合によるが、本件第三次増額分の請求は、本訴訟中において第二次増額分を上回る額を適正賃料額とする鑑定が出た結果されたものであることは本件の審理に鑑み明らかであるが、短期間にたびたび増額を請求することは賃借人の生活を不安にし、往々にして賃料増額を肯んじない賃借人を不当に圧迫しかねない事態に至らしめることともなり、かくしては賃貸人と賃借人間との関係を適正円滑に維持することを目的とする借家法全体の精神に反することとなるので、少なくとも第二次増額請求後わずか四か月後になされた第三次増額請求は右相当の期間経過後のものではないものと認められ、また、原告は右特段の事情について何ら主張立証をしない。前記鑑定の結果は、その鑑定基準とした地価の評価においてなお考慮を要するので、右鑑定結果のみではいまだ右特段の事情の立証としては採用し難い。

よって、爾余の判断をするまでもなく第三次増額分の請求は失当である。そうすると、右請求は、これが認められない場合、第二次増額分についての請求賃料額を第三次増額分の請求の期間中も続けて確認することを求める趣旨であると解されるから、結局、第三次増額請求にかかる昭和四九年六月一日から同五〇年五月一九日までの期間中の適正賃料額も、第二次増額分について確定された月額金一七万円であると確認するのが相当である。

九  以上の次第であるから、原告の本訴請求は、本件建物の賃料が昭和四七年二月四日から同四九年一月三一日まで一か月金一二万円、同年二月一日から同五〇年五月一九日まで一か月金一七万円であることの確認を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上村多平)

<以下省略>

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